津まつりは元来、「八幡宮祭礼」と呼ばれ、約400年前から現在へと続く、歴史ある神事です。
津藩の二代目藩主である藤堂高次公は、寛永9年(1632年)に千歳山(現;垂水)に祀られていた八幡宮を現在の地(八幡町藤方)にうつし、八幡宮を津の町の総鎮守に定め、奉仕のために八幡町を設置しました。その後、八幡町をはじめ、各町に祭礼を執り行うよう推奨・保護しました。各町は競って趣向を凝らした華やかな山車や行列を繰り出し、年々盛大となったまつりが、現在の津まつりの起源とされています。
その後、江戸、明治から昭和初期、昭和中期から令和へと、時代の変遷とともに津まつりも移り変わりながら、現在へと受け継がれています。
現在の津まつりは、10月第2月曜日の前々日と前日に神輿渡御神事を、 10月15日に例祭が津八幡宮の祭礼として行われています。神輿渡御神事と同日には郷土芸能の巡行など、様々な行事が津まつりとして行われており、津の秋を彩る恒例行事として広く市民に親しまれています。
江戸
寛永 9年(1632年)
藤堂高次公が千歳山(現;垂水)に祀られていた八幡宮を現在の地(八幡町藤方)に遷し、八幡宮を津の町の総鎮守に定め、奉仕のために八幡町を設置した。
寛永12年(1635年)
8月に最初の祭儀が齋行される。
11月17日に、藤堂高次公が祭礼渡御の資金として八幡宮に銀10貫を寄進・貸与する。
寛永13年(1636年)
8月15日を祭日とし、八幡宮祭礼(現;津まつり)が始まる。
寛永年間
(1630年代後半~1640年代前半)
このころ、現在に続くしゃご馬、分部町唐人踊り、八幡獅子舞が祭礼の出し物として出現する。
明暦 2年(1656年)
山中為綱が「勢陽雑記」に当時の祭礼行列の次第を記録する。
万治 元年(1658年)
8月15日に、藤堂高久公が藤堂仁右衛門宅にて八幡宮祭礼を見る。
※当年ほか、万治三年(1660年)、寛文十年(1670年)に祭礼を見た記録がある。
享保20年(1735年)
津まつり100年目
天保 6年(1835年)
津まつり200年目
天保13年(1842年)
「八幡御祭礼之次第」にこの年の祭礼行列の次第が記録される。
江戸
寛永 9年(1632年)
藤堂高次公が千歳山(現;垂水)に祀られていた八幡宮を現在の地(八幡町藤方)に遷し、八幡宮を津の町の総鎮守に定め、奉仕のために八幡町を設置した。
寛永12年(1635年)
8月に最初の祭儀が齋行される。
11月17日に、藤堂高次公が祭礼渡御の資金として八幡宮に銀10貫を寄進・貸与する。
寛永13年(1636年)
8月15日を祭日とし、八幡宮祭礼(現;津まつり)が始まる。
現在に続く分部町唐人踊りが祭礼の出し物として始まる。
明暦 2年(1656年)
山中為綱が「勢陽雑記」に当時の祭礼行列の次第を記録する。
万治 元年(1658年)
8月15日に、藤堂高久公が藤堂仁右衛門宅にて八幡宮祭礼を見る。
※当年ほか、万治三年(1660年)、寛文十年(1670年)に祭礼を見た記録がある。
享保20年(1735年)
津まつり100年目
天保 6年(1835年)
津まつり200年目
天保13年(1842年)
「八幡御祭礼之次第」にこの年の祭礼行列の次第が記録される。
明治
明治 4年(1871年)
北浜町(現;東丸之内)の牟山神社が仮の御旅所となる。
明治 6年(1873年)
旧暦から新暦への改暦により、大祭日が9月15日に改められる。
明治中期
津藩士であった小野寺豊吉が、入江町(現;大門)に伝わる踊り囃子に神田囃子(馬鹿囃子)の面白さを加味し、入江和歌囃子を完成させる。
明治19年(1886年)
12月に御旅所が北町に新設移転される。
明治24年(1891年)
大祭日が10月15日に改められる。
明治25年(1892年)
10月に御旅所が旧津城内の東之丸に新築移転される。
政府の神仏分離令や廃仏毀釈などにより、江戸時代の盛大さは少し失われた。
しかし、その後の祭礼では各町の出し物は大きくなり、からくり人形の豪華な山車や芸妓踊りなどが主流になった。
明治
明治 4年(1871年)
北浜町(現;東丸之内)の牟山神社が仮の御旅所となる。
明治 6年(1873年)
旧暦から新暦への改暦により、大祭日が9月15日に改められる。
明治中期
津藩士であった小野寺豊吉が、入江町(現;大門)に伝わる踊り囃子に神田囃子(馬鹿囃子)の面白さを加味し、入江和歌囃子を完成させる。
明治19年(1886年)
12月に御旅所が北町に新設移転される。
明治24年(1891年)
大祭日が10月15日に改められる。
明治25年(1892年)
10月に御旅所が旧津城内の東之丸に新築移転される。
政府の神仏分離令や廃仏毀釈などにより、江戸時代の盛大さは少し失われた。
しかし、その後の祭礼では各町の出し物は大きくなり、からくり人形の豪華な山車や芸妓踊りなどが主流になった。
大正
大祭日が10月17日、18日に改められた。
大正時代には各町の行列が、迫上がり式の山車に仮屋台の囃子方をともなう出し物に変わり、
津まつりの歴史の中で最も華やかな時代であったとされる。
祭礼の日には、各戸で鰯寿司や煮しめ料理を作り、祭礼を祝った。
大正
大祭日が10月17日、18日に改められた。
大正時代には各町の行列が、迫上がり式の山車に仮屋台の囃子方をともなう出し物に変わり、
津まつりの歴史の中で最も華やかな時代であったとされる。
祭礼の日には、各戸で鰯寿司や煮しめ料理を作り、祭礼を祝った。
昭和
昭和10年(1935年)
津まつり300年目
昭和20年(1945年)
7月28日深夜に、第二次世界大戦における米軍の空襲が津にて行われ、焼夷弾投下によって津八幡宮の社殿など、大半の建物や神輿が焼失した。また、津市中心部の被害は甚大で、旧津城内東之丸の御旅所、各町の山車、衣装、道具類などそのほとんどが焼失する。
御神体は、空襲前に加良比乃神社に仮鎮齋されており、無事であった。また、氏子町の八幡町も無事であった。
10月15日に、仮鎮齋所である加良比乃神社にて例祭が齋行された。
昭和21年(1946年)
10月14日に、新造された神輿(現神輿)にて、加良比乃神社より御霊が還御。還御祭が齋行される。
10月15日に例祭、10月17日、18日に八幡町内や市中にて神輿巡幸が行われる。
御旅所は、大門町丁子屋跡地に仮設された。
昭和22年(1947年)
御旅所が津観音境内に仮設される。
昭和31年(1956年)
御旅所が津観音北の現在地に造営される。
津市分部町唐人踊保存会が発足し、唐人踊りが復活する
昭和33年(1958年)
2月に分部町唐人踊りが津市指定無形民俗文化財に指定される。(平成3年に三重県無形民俗文化財に指定)
昭和43年(1968年)
「津まつり」として10月9日~11日の3日間に行われるようになる。
昭和45年(1970年)
津しゃご馬保存会によりしゃご馬が復活する。
昭和48年(1973年)
津青年会議所が創立二十周年記念事業として高虎太鼓を創設する。
昭和51年(1976年)
西町自治会が玉山車(現;元気玉太鼓)を復活する。
昭和56年(1981年)
津八幡宮の祭礼が旧来の日程である10月15日~18日に戻る。(市内のイベントは10月9日~11日に行われた。)
昭和
昭和 9年(1934年)
津まつり300年目
昭和20年(1945年)
7月28日深夜に、第二次世界大戦における米軍の空襲が津にて行われ、焼夷弾投下によって津八幡宮の社殿など、大半の建物や神輿が焼失した。また、津市中心部の被害は甚大で、旧津城内東之丸の御旅所、各町の山車、衣装、道具類などそのほとんどが焼失する。
御神体は、空襲前に加良比乃神社に仮鎮齋されており、無事であった。また、氏子町の八幡町も無事であった。
10月15日に、仮鎮齋所である加良比乃神社にて例祭が齋行された。
昭和21年(1946年)
10月14日に、新造された神輿(現神輿)にて、加良比乃神社より御霊が還御。還御祭が齋行される。
10月15日に例祭、10月17日、18日に八幡町内や市中にて神輿巡幸が行われる。
御旅所は、大門町丁子屋跡地に仮設された。
昭和22年(1947年)
御旅所が津観音境内に仮設される。
昭和31年(1956年)
御旅所が津観音北の現在地に造営される。
津市分部町唐人踊保存会が発足し、唐人踊りが復活する
昭和33年(1958年)
2月に分部町唐人踊りが津市指定無形民俗文化財に指定される。(平成3年に三重県無形民俗文化財に指定)
昭和41年(1966年)
「津まつり」として10月9日~11日の3日間に行われるようになる。
昭和45年(1970年)
津しゃご馬保存会によりしゃご馬が復活する。
昭和48年(1973年)
津青年会議所が創立二十周年記念事業として高虎太鼓を創設する。
昭和51年(1976年)
西町自治会が玉山車(現;元気玉太鼓)を復活する。
昭和56年(1981年)
津八幡宮の祭礼が旧来の日程である10月15日~18日に戻る。(市内のイベントは10月9日~11日に行われた。)
平成
平成元年(1989年)
昭和天皇の崩御に伴い全国的に様々な行事が自粛され、津八幡宮の神輿渡御神事も行わなかった。
西町自治会による玉山車が少子高齢化により休止となる。
平成 2年(1990年)
津八幡宮の祭礼が10月9日~11日に改められる。
平成 3年(1991年)
八幡神社の社号を古来の社号である八幡宮に復し、正式に「津八幡宮」と改称する。
3月26日に、分部町唐人踊りが三重県無形民俗文化財に指定される。
ふるさと創生事業により、和船山車「安濃津丸」が建造される。
平成 4年(1992年)
唐人踊りを継ぐ会「子ども唐人」が発足する。
津高虎太鼓 華乃津会が発足する。
平成 7年(1995年)
津まつり360年目
平成 9年(1997年)
3月5日に、しゃご馬が津市指定無形民俗文化財に指定される。
平成10年(1998年)
津商工会議所が玉山車を元気玉太鼓として復活させる
津青年会議所により「よさこいソーラン」が開催され、これが後の安濃津よさこいとなる。
平成11年(1999年)
津まつりの日程が10月9日、10日の2日間に改められる。
安濃津よさこいが初めて開催される。
平成12年(2000年)
津まつりの日程が体育の日(現;スポーツの日)の前々日と前日に変更となる。
平成13年(2001年)
5月27日に。唐人さんの家が東丸之内(旧;分部町)に開館する。(平成17年(2005年)2月28日に閉館)
平成 16年(2004年)
9月11日(土)~10月11日(月・祝)の日程で、三重県立美術館にて企画展「まつり・祭・津まつり展」が行われる。
9月18日に、御旅所が建て替えられ、竣工する。
平成 17年(2005年)
津まつり370年目
9月5日に、八幡獅子舞が津市指定無形民俗文化財に指定される。
平成21年(2009年)
津まつり前夜祭が行われるようになる。
平成 26年(2014年)
3月28日に、入江和歌囃子が津市指定無形民俗文化財に指定される。
平成 27年(2015年)
津まつり380年目
平成
平成元年(1989年)
昭和天皇の崩御に伴い全国的に様々な行事が自粛され、津八幡宮の神輿渡御神事も行わなかった。
西町自治会による玉山車が少子高齢化により休止となる。
平成 2年(1990年)
津八幡宮の祭礼が10月9日~11日に改められる。
平成 3年(1991年)
八幡神社の社号を古来の社号である八幡宮に復し、正式に「津八幡宮」と改称する。
3月26日に、分部町唐人踊りが三重県無形民俗文化財に指定される。
ふるさと創生事業により、和船山車「安濃津丸」が建造される。
平成 4年(1992年)
唐人踊りを継ぐ会「子ども唐人」が発足する。
津高虎太鼓 華乃津会が発足する。
平成 6年(1994年)
津まつり360年目
平成 9年(1997年)
3月5日に、しゃご馬が津市指定無形民俗文化財に指定される。
平成10年(1998年)
津商工会議所が玉山車を元気玉太鼓として復活させる
津青年会議所により「よさこいソーラン」が開催され、これが後の安濃津よさこいとなる。
平成11年(1999年)
津まつりの日程が10月9日、10日の2日間に改められる。
安濃津よさこいが初めて開催される。
平成12年(2000年)
津まつりの日程が体育の日(現;スポーツの日)の前々日と前日に変更となる。
平成13年(2001年)
5月27日に。唐人さんの家が東丸之内(旧;分部町)に開館する。(平成17年(2005年)2月28日に閉館)
平成 16年(2004年)
津まつり370年目
9月11日(土)~10月11日(月・祝)の日程で、三重県立美術館にて企画展「まつり・祭・津まつり展」が行われる。
9月18日に、御旅所が建て替えられ、竣工する。
平成17年(2005年)
9月5日に、八幡獅子舞が津市指定無形民俗文化財に指定される。
平成21年(2009年)
津まつり前夜祭が行われるようになる。
平成 26年(2014年)
津まつり380年目
3月28日に、入江和歌囃子が津市指定無形民俗文化財に指定される。
令和
令和 元年(2019年)
台風第19号接近により、前夜祭と一日目の行事は全て中止となる。二日目は通常開催。
令和 2年(2020年)
COVID-19の世界的大流行により、津まつりの行事は全て中止となる。15日の例祭は神職のみで齋行される。
津まつりの中止に伴い、10月10日(土)から31日(土)の日程で、津まつりHP内にて各団体の演舞動画が見られる「オンライン津まつり」が開設された。
令和 3年(2021年)
前年に続くCOVID-19の世界的大流行により、津まつりの行事は全て中止となる。15日の例祭は神職のみで齋行される。
津まつりの中止に伴い、10月9日(土)から30日(土)の日程で、津まつりHP内にて各団体の演舞動画が見られる「オンライン津まつり」が前年に続き開設された。
令和 4年(2022年)
9月10日(土)~11月13日(日)の日程で、石水博物館にて特別展「津八幡宮の名宝 -三十六歌仙絵大公開-」が行われる。
10月8日(土)、9日(日)に津まつり(神輿渡御神事、郷土芸能巡行、その他催し)、10月15日(土)に津八幡宮例祭が齋行される。
※COVID-19の影響により、津まつりは3年ぶりに規模を縮小して実施された。
令和 5年(2023年)
10月7日(土)、8日(日)に津まつり(神輿渡御神事、郷土芸能巡行、その他催し)、
10月15日(日)に津八幡宮例祭が4年ぶりに通常規模で齋行された。
令和 6年(2024年)
10月12日(土)、13日(日)に津まつり(神輿渡御神事、郷土芸能巡行、その他催し)、
10月15日(火)に津八幡宮例祭が齋行された。
令和 7年(2025年)
津まつり390年目
令和 8年(2026年)
10月10日(土)、11日(日)に津まつり(神輿渡御神事、郷土芸能巡行、その他催し)、
10月15日(木)に津八幡宮例祭を齋行予定。
令和17年(2035年)
津まつり400年目
令和
令和 元年(2019年)
台風第19号接近により、前夜祭と一日目の行事は全て中止となる。二日目は通常開催。
令和 2年(2020年)
COVID-19の世界的大流行により、津まつりの行事は全て中止となる。15日の例祭は神職のみで齋行される。
津まつりの中止に伴い、10月10日(土)から31日(土)の日程で、津まつりHP内にて各団体の演舞動画が見られる「オンライン津まつり」が開設された。
令和 3年(2021年)
前年に続くCOVID-19の世界的大流行により、津まつりの行事は全て中止となる。15日の例祭は神職のみで齋行される。
津まつりの中止に伴い、10月9日(土)から30日(土)の日程で、津まつりHP内にて各団体の演舞動画が見られる「オンライン津まつり」が前年に続き開設された。
令和 4年(2022年)
9月10日(土)~11月13日(日)の日程で、石水博物館にて特別展「津八幡宮の名宝 -三十六歌仙絵大公開-」が実施された。
10月8日(土)、9日(日)に津まつり(神輿渡御神事、郷土芸能巡行、その他催し)、10月15日(土)に津八幡宮例祭が齋行される。
※COVID-19の影響により、津まつりは3年ぶりに規模を縮小して実施された。
令和 5年(2023年)
10月7日(土)、8日(日)に津まつり(神輿渡御神事、郷土芸能巡行、その他催し)、
10月15日(日)に津八幡宮例祭が4年ぶりに通常規模で齋行された。
令和 6年(2024年)
10月12日(土)、13日(日)に津まつり(神輿渡御神事、郷土芸能巡行、その他催し)、
10月15日(火)に津八幡宮例祭を齋行予定。
令和 7年(2025年)
津まつり390年目
令和17年(2035年)
津まつり400年目
Copyright © 2022-2026 Kouyama-Blog. All Rights Reserved. 各ページの記載記事、写真、動画等、一切の無断転載を禁じます。
Copyright © 2022-2026 Kouyama-Blog. All Rights Reserved.
各ページの記載記事、写真、動画等、一切の無断転載を禁じます。